2009年04月08日

今日は何の日…3

嫁が犬達と花見に行って来ると言ったので
俺も連れて行って欲しい事を言うと
嫁「あんた坂道歩けんやろ、歩けても遅いしウザイねん」
ぺ「・・・じゃぁいいです・・・」
嫁「露店が出てるからそこで座っとくか?」
ぺ「やめとくわ・・・」
ぺ「今日何の日か知ってるか?」
嫁「おめでとう」


僕の人生が変わった日

2007年の今日ちょうど今頃
僕はアスファルトの上で転がってました。
僕の人生が変わった日です。
当時の事は、途切れ途切れですがちゃんと覚えています。
後から聞いた事もありますが、まだ裁判中なので詳しい事は言えませんが
少しお話します。

その日、クラブ以外でのツーリングに参加していました。
道は始めて通った道だし、帰りは少し疲れて先頭グループとは
かなりの差があったと思います。

問題の少しブラインド気味の左コーナーに入った時
相手の車がイエローカットしながら入ってきたので
ヤバイ!と思って回避体制を取ったのですが
吸い寄せられる様に車の方にバイクが寄って行き・・・

僕は飛ばされながら「あかんわこれ・・・多分死んだな・・・」と思いながら
次に気が付いたときは、仰向けの状態で目が開きました。
「お!生きてるわ!ラッキー・・・あぁ、あかん足が腹の上にある・・・」
「これ折れてるやろなぁ・・・」と思いながら身体を起こして
足をお腹から元の場所へ戻しました。

その時、今まで味わった事のない物凄い激痛が走り
「足、千切れてるかも知れんなぁ」と思って取合えず足首を動かしたら
動いた!「まだくっ付いてる・・・ん?太ももから骨出てるし・・・」
「折れてるの確定やな」とその時分りました。
痛みで気を失いかけているのですが、余りの痛さで目が覚めます・・・

覚えてないのですが駆け寄って来た仲間の人達に僕は
「俺のバイク直るか?」と聞いたそうです。
楽しいツーリングを台無しにして申し訳ないと思い
皆に謝っていた事は覚えています。

出血から身体が寒くて、山の中なので救急車もまだ来ません。
「やっぱり死ぬんかなぁ」と思いながら「俺の足どんなん?」って聞くと
皆は「大丈夫やで」と励ましてくれますが
僕は「絶対ウソやな」と思いながら、正直に答えてくれそうな人に聞くと
首を横に振って「ヤバイ」とか何とか言ってくれたので
「こいつら皆ウソつきなや!」と心の中で思い、ポケットの中のカメラを探して
「ちょ・・・写真撮って」と頼んだのですが
どうやらそう言う状況では無かったらしいですね。

そうこうしている内に救急車が到着して担架に乗せられるのですが
担架が小さくてブラブラの足が落ちそうになってこれが又痛い・・・
山道なのでカーブも多く、その度に足が落ちそうで痛い
いっその事失神してくれれば良いのにと思った。

途中救急車は道を間違えるし、ドクターカーとの待合せ場所も分らないし
病院まで持たないかもなぁと思っていたら
何とかどこかのレストランの駐車場で合流できました。

先生が血管確保の為に上着を切ると言い出したので、僕は
また走る時に新しい物を買わないといけなくなるので
「絶対に切ったらあかん、自分で脱ぐから起こしてくれ!」と言ったら
先生は「あんた、死に掛けてるんやで!」「ええから起こしてくれ!痛いの我慢するから!」と言って無理やり脱がしてもらいました。
3年目 (1)その時守り抜いた上着です。
左の上に大きな穴が開いてます。
アスファルトに叩きつけられた時に
擦れた痕です。
これを何とか脱がせてもらい
先生は「じゃぁ切るよ」
ぺ「まって、インナーも脱ぐ」
3年目これも死守しました。
だって、これ高かったし
お気に入りなので・・・
おにゅーの下着は流石に切られました。
ズボンも気に入っていたのですが
既に破れていたので切ってもらいました。
後から聞いた話ですが
この時ドクターヘリもスタンバイしていたそうです。
もうちょっとで、ただでヘリに乗れたのに残念。
3年目 (3)千里のER(救命救急センター)へ運ばれて、いわゆる三次救急ですね、そこで痛いのにレントゲンやらCTやら色んな検査を受け、先生に「足切るの?」と尋ねると「切るかも知れんなぁ」 ぺ「輸血するの」 Dr「するよ」 ぺ「なるべくならせんといて欲しい」 Dr「なんでなん?」 ぺ「性格変わりそうやから・・・」 Dr「・・・wなるべくせんようにするけど、アカンかったらするで」 
ぺ「頼むわ・・・俺性格丸くなったらいややし・・・」 Dr「ビフォーアフター撮っとくか?」 ぺ「おぉ、頼むわ、まだ傷口見てないねん、後で見せてな」 ぺ「ところで手術いつするの?」 Dr「奥さん来るまで待ってるんやで」 ぺ「何でなん?」
Dr「足切るかも知れんからなぁ」 ぺ「嫁待ちかよ!」などと言う会話をしながら
嫁が到着したら書類にサインして手術室へ・・・
手術室へ運ばれるその時、嫁の顔を見て始めて涙が出た。
最後になるかも知れんし、右足ともお別れするかも知れんし・・・

次に目が覚めた時は手術が終った時で、先生に「足残ってるん?」と聞くと
Dr「あるよ」 ぺ「輸血したん?」 Dr「せんかったよ」 ぺ「ありがとう・・・」
洗浄に6ℓの水?を使い、出血量は約3ℓだったそうです。
普通の人なら失血死レベルですが、僕はただのデブではなくて
体内に約7ℓの血液をためていたのだ!がははは

3年目 (4)そうこうしている内に2年が過ぎ
とうとう3年目に突入しました。
病院に運ばれた時に、完治するまで
最低でも5年は掛かると言われていたので
まだ半分も過ぎていませんが
あの時守り抜いた服を着て
もう一度フォアを直して乗る事を目標に・・・
↑これは切られたズボン達です、血だらけです・・・

peke_cb400f at 17:57│Comments(2)TrackBack(0) 治療 

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この記事へのコメント

1. Posted by ぷっちゅん   2009年04月09日 08:41
 昨日は、確か 聖徳大使の生まれた日?だったと思います。
PEKEさんの怪我が一刻も早く再生?治る事を
祈っときます。
2. Posted by PeKe   2009年04月09日 17:10
5 >  昨日は、確か 聖徳大使の生まれた日?だったと思います。
> PEKEさんの怪我が一刻も早く再生?治る事を
> 祈っときます。
元一万円のおっさんの生まれた日ですか、今度飲み屋のオネーちゃんに話をして見ますw

今日病院に行って、恒例のレントゲン撮影をしてきました。
順調に骨が再生しています。
ありがとう。

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